大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)35号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

寺尾俊

木村勇夫

吉村宅衛

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第22120号事件について平成7年12月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年1月14日、名称を「空気調和機の制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第5348号)をしたところ、平成4年10月2日拒絶査定を受けたので、同年11月26日審判を請求し、平成4年審判第22120号事件として審理された結果、平成7年12月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成8年2月5日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

空気調和機を運転させる電源を供給するように開閉される電源開閉手段と、書き換え可能な不揮発性の記憶手段と、上記空気調和機の運転中に異常が発生し、保護装置が作動して点検状態になった場合に、上記記憶手段に異常が発生した点検箇所を書き込む書き込み手段と、上記不揮発性の記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示する表示手段と、上記不揮発性の記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示させる指示を与えるスイッチと、を備え、上記空気調和機の運転中に異常が発生し上記保護装置が作動して点検状態になった場合に上記不揮発性の記憶手段に点検箇所を書き込み、この書き込まれた点検箇所を表示するとともに、上記電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給され上記スイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することを特徴とする空気調和機の制御装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願出願前に日本国内において頒布された特開昭59-34551号公報(本訴甲第2号証。以下「引例1」という。)、特開昭57-64750号公報(本訴甲第3号証。以下「引例2」という。)、及び特開昭57-98742号公報(本訴甲第4号証。以下「引例3」という。)には、夫々以下の事項が記載されているものと認められる。

〈1〉 引例1

複写機の制御装置において、コピー操作開始後、複写機の制御系に故障が生じ、CPU6が異常と判定した時、CPU6がステータスコード信号を出力し、これにより制御部12は、コピー操作を停止し、NVM(「MVM」は誤記と認める。不揮発性メモリ)9の記憶内容と共にCPU6からの異常状態を示すステータスコード信号を保持し、表示部4のセグメントを利用して異常を表示し、異常状態発生後複写機の電源をオフにしてもNVM(不揮発性メモリ)9にその記憶内容を保持し、サービス員が修理に先立って、NVM(不揮発性メモリ)9の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握することができるようにすること。(2頁左下欄7行~右下欄1行を参照)

〈2〉 引例2

複写機の制御装置において、不揮発性RAM27内に紙つまり等の故障内容を記憶するクレーム情報RAMエリア35を設け、故障内容および故障場所、検知手段から与えられるクレーム情報を、このクレーム情報RAMエリア35に最新のものから順次コード化して記憶し、保守スイッチ12を投入して予めプログラミングされたように数字スイッチ7の数字キーを入力することにより、クレーム情報が新しいものから順に状態表示器24に表示されるようにして、サービスマンが複写機の故障内容を一目で判断することができるようにすること。(5頁右下欄11行~6頁左上欄5行を参照)

〈3〉 引例3

空気調和機を運転する電源を供給するように開閉される電源開閉手段と、記憶手段(マイクロプロセッサ150内の非持久型データを一時的に貯蔵する記憶装置)と、上記空気調和機の運転中に異常が発生し、点検状態になった場合に、上記記憶手段に異常が発生した点検箇所を書き込む書き込み手段と、上記記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示する表示手段(表示装置129)と、上記記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示させる指示を与えるスイッチ(修理点検スイッチ130および加熱スイッチ104)と、を備え、上記空気調和機の運転中に異常が発生して点検状態になった場合に上記記憶手段に点検箇所を書き込み、修理表示灯123を点灯して表示し、上記スイッチにより読み出しの指示が与えられると上記記憶手段に記憶されている点検箇所を表示手段(表示装置129)に表示するようにした、空気調和機の制御装置。

(3)  本願発明(以下「前者」という。)と引例3に記載されたもの(以下「後者」という。)とを比較すると、両者は以下の各点において相違するが、その他の点においては格別の差異は認められない。

〈1〉 前者は、記憶手段として、書き換え可能な不揮発性の記憶手段を用い、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することができるようにしているのに対して、後者の記憶手段は、非持久型データを一時的に貯蔵する記憶装置であり、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後に、そのようなことができるかどうか明らかでない点。

〈2〉 前者は、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動して点検状態になった場合に点検箇所を表示するようにしているのに対して、後者では、保護装置が明らかにされておらず、また、それが作動して点検状態になった場合に点検箇所を表示することについて記載がない点。

(4)  前記各相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

(a) 不揮発性の記憶手段を用い、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することができるようにすることは、引例1、2に記載されており、これらの引例に記載された不揮発性の記憶手段(NVM9、RAM27)が書き換え可能なものであることは当然であると認められる。

(b) そして、引例1、2に記載されたものは複写機の制御装置に関するものであるが、異常状態を示す信号を記憶手段に記憶し、サービスマンが修理に先立って、記憶手段の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握することができるようにした制御装置であることにおいては、後者と同一の技術分野に属するものと認められるから、後者の記憶手段に、引例1、2に記載された前記事項を適用し、この相違点における前者の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。

〈2〉 相違点〈2〉について

空気調和機において、保護装置を設け、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示することは、本願出願前に周知の技術である(例えば、実願昭48-57388号〔実開昭50-7338号〕の願書に添付した明細書と図面の内容を撮影したマイクロフィルムを参照。なお、引例1に記載されたものも、故障が生じた時にコピー操作を停止し、表示部4のセグメントを使用して異常を表示することからみて、これと同様なものと認められる)から、後者において保護装置を設け、後者の修理表示灯123による表示に代えて、どの保護装置が動作したのかを表示、即ち点検箇所の表示をするようにして、この相違点における前者の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。

〈3〉 また、相違点〈1〉、〈2〉による本願発明の効果についてみても、本願出願前に引例1~3に記載された事項および前記周知事項により当業者が予測し得た程度のものであり、格別のものとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、その出願前に日本国内において頒布された前記引例1~3に記載された事項および前記周知事項から、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)〈1〉(a)は認める。同(4)〈1〉(b)は争う。同(4)〈2〉、〈3〉、同(5)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、かつ、本願発明の顕著を作用効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由1)

〈1〉 審決は、引例3に記載されたものと、引例1及び2に記載されたものとは同一の技術分野に属するものとしているが、特許法29条2項にいう「発明の属する技術の分野」についての解釈・適用を誤ったものというべきである。

すなわち、引例3記載のもの、そして本願発明は空気調和機の制御装置であるのに対し、引例1及び2に記載されたものは複写機の制御装置である点で明確に異なるのに、「制御装置」なる抽象的な概念を持ち出して、同一の技術分野に属するとしている。しかし、特許法29条2項にいう「発明の属する技術の分野」は、特許法が産業の発達に寄与することを目的とすることからみて、現実の産業界における技術分野を指すものと解すべきである。空気調和機の制御装置に係る技術分野の当業者は、複写機の制御装置に係る技術分野の当業者とは全く別異の知識を有するものであり、両者を同一視することは到底許されない。

〈2〉 本願明細書に記載されている本願発明の作用効果は、何らかの異常が発生しても、空気調和機自体の運転は継続する機能上の要請があり、冷房・冷凍等の空気調和温度の維持を至上命令とする空気調和機にとって極めて有効なものであり、空気調和機特有の特別顕著な作用効果であって、複写機において、故障発生により複写機を停止し、複写作業を中止して、サービスマンによる故障回復を待つものとは全く異なるものである。特に、本願発明では、(a)保護装置が作動して点検状態になった場合に、不揮発性の記憶手段に異常が発生した点検箇所を書き込み、この記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示するとともに、(b)点検用のスイッチがONされたときに記憶手段から点検箇所を読み出して表示するようにしている点に特徴があるが、引例1及び2は、上記(a)、(b)の構成を有していない。

そして、引例1に記載されたものは、異常と判定した時には、単に異常が発生したことだけを表示するものであって、異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示するものではない。

〈3〉 上記のとおり、本願発明と引例1及び2に記載のものとは、技術分野において相違するばかりでなく、技術内容においても相違するから、引例3の記憶手段に引例1及び2に記載された事項を適用したとしても、相違点〈1〉における本願発明の構成とすることはできない。

したがって、審決の相違点〈1〉についての判断は誤りである。

(2)  相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由2)

審決は、空気調和機において、保護装置を設け、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が作動したのかを表示することは、本願出願前に周知の技術である、と説示しているが、上記技術は周知ではない。審決がその根拠として示す実願昭48-57388号(実開昭50-7338号)の願書に添付した明細書と図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第7号証)は、その内容が公然と知られた事実が存在することを示しているにすぎない。また、甲第7号証のものは、単にどの保護装置が作動したかをランプで表示するだけのもので、本願発明特有の構成要件である「書き込まれた点検箇所を表示するとともに、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示する」点につき示唆するところも全くないものである。

そして、引例1に記載されたものは、異常と判定した時には、単に異常が発生したことだけを表示するものであって、異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示するものではない。

したがって、引例3において保護装置を設け、引例3の修理表示灯123による表示に代えて、どの保護装置が動作したのかを表示、即ち点検箇所の表示をするようにして、相違点〈2〉における本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものとは認められず、審決の相違点〈2〉についての判断は誤りである。

(3)  作用効果の看過(取消事由3)

本願明細書に記載の本願発明の作用効果は、何らかの異常が発生しても、空気調和機自体の運転は継続する機能上の要請があり、冷房・冷凍等の空気調和温度の維持を至上命令とする空気調和機にとって極めて有効なものであり、空気調和機特有の特別顕著な作用効果である。

審決は、本願発明の上記顕著な作用効果を看過したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引例3に記載されたものと、引例1及び2に記載されたものとは、空気調和機の制御装置であるか、複写機の制御装置であるかに関わりなく、「異常状態を示す信号を記憶手段に記憶し、サービスマンが修理に先立って、記憶手段の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握することができるようにした制御装置」であるという点で同一の技術分野に属することは明らかである。したがって、「空気調和機の制御装置に係る技術分野の当業者は、複写機の制御装置に係る技術分野の当業者とは全く別異の知識を有するものであり、両者を同一視することは到底許されない」旨の原告の主張は失当である。

審決では、相違点〈1〉の判断において、引例3に記載されたものの記憶手段に、引例1、2に記載された事項(不揮発性の記憶手段を用い、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することができるようにすること)を適用し、この相違点における本願発明の構成とすることは、当業者が、容易に想到し得たものとしているのであって、この判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

空気調和機において、保護装置を設けないとしたら、危険な事故が発生する恐れがあり、また、保護装置を設けたときに、どの保護装置が動作したのかを表示できないとしたら、どのような理由で空気調和機が運転停止したのか不明であり、それ以降の運転再開に支障が生じることからみて、空気調和機において、保護装置を設け、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示することは当然のことである。

原告は、引例1に記載されたものは、異常と判定した時には、単に異常が発生したことだけを表示するものであって、異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示するものではない旨主張するが、引例1(甲第2号証)には、「尚、本発明は異常発生時の表示部4における表示形態を限定するものではなく、上記実施例で説明したように、単に異常状態を示す表示であってもよいし、故障箇所、故障状態等を明確に表示するようにしてもよい。」(2頁右下欄2行ないし6行)と記載されており、異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示することが明らかにされている。

したがって、審決の相違点〈2〉についての判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

本願明細書に記載されている本願発明の作用効果は、引例1ないし3及び審決指摘の周知事項より当業者が予測できた程度のものであって、格別のものではない。

原告は、本願発明について、何らかの異常が発生しても、空気調和機自体の運転は継続する機能上の要請があり、これか空気調和機特有の事項である旨主張するが、本願明細書の記載に基づくものではなく失当である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(各引例の記載事項の認定)及び(3)(一致点及び相違点の認定)についても、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  本願明細書によれば、「従来の空気調和機の制御装置は、・・・比較的頻繁に電源の開閉をするものでは、サービスマンがサービスを実施するまでに、電源を遮断される場合も多く、この様な場合には自己診断機能を果たすことができないという不具合点があった」(甲第5号証3欄18行ないし23行)ため、本願発明は、「上記のような問題点を解消するためになされたものであり、制御装置への電源の供給が遮断された後でも、再び電源を投入すれば、電源の遮断以前に発生した点検モードでの点検箇所の表示を行なうことができる空気調和機の制御装置を得ることを目的とする」(同欄24行ないし28行)ものであって、本願発明における制御装置は、「書き換え可能な不揮発性の記憶素子を搭載し、点検モードとなったときには、その点検箇所をこの記憶素子に書き込むようにしたものである」(同欄30行ないし33行)ことが認められる。

(2)〈1〉  引例1(甲第2号証)には、「従来の複写機用制御装置にあっては、故障発生後に使用者が電源をオフにすると、RAMに記憶されているステータスコードが消去されるため、サービス員は複写機内を点検して原因を把握しなければならず、従って、修理時間が長くなるという問題があった。本発明は上記に鑑みてなされたものであり、複写機の故障原因を正確に把握して修理時間を短縮するため、制御部が複写機のコピー操作に応じた状態を、該コピー操作が終了するまで記憶する手段を備え、複写機内の各種センサによる状態信号に基いて異常が検出された時、前記記憶手段が異常を記憶して前記記憶内容と共に保持するようにした複写機用制御装置を提供するにある。」(1頁右下欄12行ないし2頁左上欄6行)と記載されていることが認められ、また、上記1に説示のとおり、引例1(甲第2号証)には、複写機の制御装置において、コピー操作開始後、複写機の制御系に故障が生じ、CPU6が異常と判定した時、CPU6がステータスコード信号を出力し、これにより制御部12は、コピー操作を停止し、NVM(不揮発性メモリ)9の記憶内容と共にCPU6からの異常状態を示すステータスコード信号を保持し、表示部4のセグメントを利用して異常を表示し、異常状態発生後複写機の電源をオフにしてもNVM(不揮発性メモリ)9にその記憶内容を保持し、サービス員が修理に先立って、NVM(不揮発性メモリ)9の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握することができるようにすることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

〈2〉  引例2(甲第3号証)には、複写機の制御装置において、不揮発性RAM27内に紙つまり等の故障内容を記憶するクレーム情報RAMエリア35を設け、故障内容および故障場所、検知手段から与えられるクレーム情報を、このクレーム情報RAMエリア35に最新のものから順次コード化して記憶し、保守スイッチ12を投入して予めプログラミングされたように数字スイッチ7の数字キーを入力することにより、クレーム情報が新しいものから順に状態表示器24に表示されるようにして、サービスマンが複写機の故障内容を一目で判断することができるようにすることが記載されていることは、当事者間に争いがない。

〈3〉  引例3(甲第4号証)には、「この発明はヒートポンプ形の空気調和装置に対する自動故障診断装置に関する。更に特定して云えば、この発明は、ヒートポンプが不正動作している時を判定する能力を持つと共に、修理点検が必要な時に装置の所有者に知らせ且つ不正動作に関与する故障(1つ又は複数)の全般的な性格をサービスマンに知らせる手段を持つ、ヒートポンプ装置に対するマイクロプロセッサによって制御される装置に関する。」(3頁左下欄8行ないし16行)、「装置の動作中の任意の時、制御器90が装置の故障を検出すると、修理表示灯123が点灯する。・・・修理表示灯は、装置の故障が起ったこと並びにサービスマンを呼ばなければならないことを利用者に知らせる為にある。サービスマンは、前に述べた様に、10秒という様な予定の最小時間の間隠れた膜形スイッチ130を作動して、操作卓内で修理点検様式を開始することにより、装置の診断試験を開始する。修理点検様式にある間、操作卓80は特定の命令によって、全ての温度感知装置を読取ると共に、表示装置129を介して、装置の故障が存在すれば、マイクロプロセッサ150の記憶装置に夫々の確認符号と共に貯蔵されているそれら全てを読出す。」(7頁左下欄4行ないし19行)と記載されていることが認められ、これらの記載と、当事者間に争いのない審決摘示の引例3の記載事項によれば、引例3記載のものは、空気調和機の動作中の故障を制御器が検出すると修理表示灯を点灯させて、使用者にサービスマンを呼ぶ必要性を知らせ、サービスマンが膜形スイッチ(修理点検スイッチ)を作動することにより、修理点検様式が開始され、表示装置により故障箇所を表示させ修理を行うものであることが認められる。

(3)  上記のとおり、引例1及び2に記載されたものは、複写機の故障診断を行うため、異常状態を示す信号を記憶手段に記憶し、サービスマンが修理に先立って、記憶手段の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握することができるようにした制御装置を設けた複写機であるのに対し、引例3に記載されたものは、空気調和機の故障診断を行うため、故障箇所を記憶装置に記憶させ、サービスマンが記憶装置の記憶内容を読み出して故障箇所の診断を行うことができる制御装置を設けた空気調和機であるから、引例1及び2に記載されたものと、引例3に記載されたものとは、故障箇所を記憶装置に記憶させ、サービスマンが記憶装置の記憶内容を読み出して故障箇所を診断するという、共通の制御手法を採用した制御装置を備えている点で同一であることは明らかである。

したがって、引例3の記憶手段に、引例1、2に記載されている、不揮発性の記憶手段(書き換え可能なNVM9、RAM27)を用い、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することができる技術を適用して、相違点〈1〉における本願発明の構成とすることは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

(4)〈1〉  原告は、特許法29条2項にいう「発明の属する技術の分野」は現実の産業界における技術分野を指すものと解すべきであるところ、引例3記載のもの及び本願発明は空気調和機の制御装置であるのに対し、引例1及び2に記載されたものは複写機の制御装置である点で明確に異なり、空気調和機の制御装置に係る技術分野の当業者は、複写機の制御装置に係る技術分野の当業者とは全く別異の知識を有するものであることを理由として、審決が、引例1、2と引例3について、同一の技術分野に属するものと認定したことの誤りを主張する。

しかし、特許法29条2項にいう「発明の属する技術の分野」が、空気調和機とか複写機といった産業的分類に基づくもののみを指すものでないことは明らかである。発明は通常複数の技術によって構成されているものであり、そのうちの特定の技術が1つの技術分野を形成する場合のあることは当然である。上記認定のとおり、引例1、引例2及び引例3に記載のものはいずれも、故障診断のための制御装置として共通の制御手法のもとに構成されているものであって、故障診断のための制御装置という点では一つの技術分野を形成しているものというべきであり、ただ、この制御装置を利用するものが空気調和機か複写機かといった違いがあるにすぎない。しかして、審決も、「異常状態を示す信号を記憶手段に記憶し、サービスマンが修理に先立って、記憶手段の記憶内容を読み出すことによって故障の箇所、故障の状態等を把握できるようにした制御装置であることにおいて・・・同一の技術分野に属すると認められる」としているのであって、この認定に誤りはない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  原告は、本願明細書に記載されている本願発明の作用効果は、何らかの異常が発生しても、空気調和機自体の運転は継続する機能上の要請があり、冷房・冷凍等の空気調和温度の維持を至上命令とする空気調和機にとって極めて有効なものであり、そのために、本願発明では、(a)保護装置が作動して点検状態になった場合に、不揮発性の記憶手段に異常が発生した点検箇所を書き込み、この記憶手段に書き込まれている点検箇所を読み出して表示するとともに、(b)点検用のスイッチがONされたときに記憶手段から点検箇所を読み出して表示するようにしている点に特微があるが、引例1及び2は、上記(a)、(b)の構成を有していないし、引例1に記載されたものは、異常と判定した時には、単に異常が発生したことだけを表示するものであって、その技術内容が異なるから、引例3の記憶手段に引例1及び2に記載された事項を適用したとしても、相違点〈1〉における本願発明の構成とすることはできない旨主張する。

しかしながら、本願発明が、故障や異常が発生してもその運転を継続させる空気調和機に限定されるものでないことは、本願明細書の特許請求の範囲の記載から明らかである。そして、審決が相違点〈1〉について引例1及び2引用している趣旨は、これらの引例に、不揮発性の記憶手段を用い、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると上記不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示することができるようにすることが開示されていることからであって、保護装置が作動して点検状態になった場合に点検箇所を表示する点については、相違点〈1〉として判断されているところである。なお、引例1(甲第2号証)には、「尚、本発明は異常発生時の表示部4における表示形態を限定するものではなく、上記実施例で説明したように、単に異常状態を示す表示であってもよいし、故障箇所、故障状態等を明確に表示するようにしてもよい。」(2頁右下欄2行ないし6行)と記載されており、引例1記載のものが単に異常が発生したことだけを表示するものではなく、故障箇所、故障状態等を明確に表示するものであることは明らかである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、相違点〈1〉についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)  甲第7号証(実願昭48-57388号〔実開昭50-7338号〕の願書に添付した明細書と図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、「一般に、空調機たとえば冷房機(あるいは暖房機)の制御は、室内温度をサーモスタットで検出し、その温度に応じて圧縮機を制御することにより行なっている。また、冷房機に異常が発生したとき作動する自動復帰形安全装置(たとえば高圧スイッチ・低圧スイッチ、過負荷リレー、凍結防止サーモスタットなど)が設けられており、これらの安全装置が作動した場合、すぐに圧縮機の運転を停止させるようになっている。」(1頁18行ないし2頁7行)、「冷房運転中に冷房機に異常が発生し、安全装置が作動した場合、たとえば高圧スイッチ8が作動したとする。・・・すなわち、高圧スイッチ8が作動して前記リレー12が消勢され、リレー12の自己保持が解かれるまでの間にキープリレー13が瞬間的にセットされる。キープリルー13がセットされると、その接点13aが閉成し、表示灯18が点灯する。この表示灯18の点灯により、今作動した安全装置は高圧スイッチ8であることを容易に判別することができる。」(6頁19行ないし7頁18行)、「また、他の安全装置つまり低圧スイッチ9、過負荷リレー10あるいは凍結防止サーモスタット11が作動した場合も、上記高圧スイッチ8が作動した場合と同様に、それぞれに対応するキープリレーがセットされ、セットされたリレーに対応する表示灯が点灯する。」(8頁17行ないし9頁2行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、甲第7号証には、空気調和機に高圧スイッチ、低圧スイッチ、過負荷リレー等の複数の安全装置(保護装置)を設け、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が作動したかを表示する技術が開示されているものと認あられる。

上記甲第7号証の開示事項及び公開時期、並びに乙第1号証(特開昭59-89945号公報)、乙第2号証(実願昭54-48241号の願書添付明細書のマイクロフィルム)によれば、空気調和機において保護装置を設け、空気調和機の運転中に異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が作動したのかを表示することは、本願出願当時において周知の技術であったものと認められる。

これに反する原告の主張は採用できない。

そして、上記2(4)に認定のとおり、引例1記載のものは単に異常が発生したことだけを表示するものではなく、故障箇所、故障状態等を明確に表示するものであり、故障箇所、故障状態等は各種センサの状態信号に基づくものであるから、保護装置の動作に対応するものであることは明らかである。

しかして、上記周知の技術及び引例1によれば、引例3記載のものにおいて、運転中に異常が発生したことを表示させるため、保護装置を設け、修理表示灯123による表示に代えて、どの保護装置が作動したのかを表示、即ち点検箇所の表示をするようにして、相違点〈2〉における本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

(2)  原告は、甲第7号証記載のものは、単にどの保護装置が作動したかをランプで表示するだけのものであって、本願発明特有の構成要件である「書き込まれた点検箇所を表示するとともに、電源開閉手段が電源の供給を一度遮断した後でも、上記電源が供給されスイッチにより読み出しの指示が与えられると不揮発性の記憶手段に記憶されている点検箇所を表示する」点について示唆するところも全くなく、また、引例1に記載されたものは、単に異常が発生したことだけを表示するものであって、異常が発生し保護装置が作動した場合に、どの保護装置が動作したのかを表示するものではないから、引例3記載のものにおいて、保護装置を設け、修理表示灯123による表示に代えて、どの保護装置が動作したのかを表示するようにして、相違点〈2〉における本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものではない旨主張するが、上記(1)に認定、説示したところに照らして採用できない。なお、本願発明の上記構成要件は相違点〈1〉に係る事項であって、引例1及び2に開示されているところである。

(3)  以上のとおりであって、相違点〈2〉についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

4  取消事由3について

(1)  本願明細書には、本願発明の作用効果につき、「自己診断により表示する点検箇所を、書き換え可能な不揮発性の記憶素子により保持するように構成したので、制御装置への電源の供給を一度遮断した後でも、点検箇所の表示を可能とし、自己診断としての機能の巾を広げ、何らかの異常が発生してもその時点でサービスできない場合は、使用者が電源を入り切りするなどして故障を回復させようと試みたり、暫定処置として応急運転などをおこな(っ)たりした後で、サービスする場合にスイッチを設けて点検箇所を容易に表示することによってサービスが早く正確に行われるというようにサービスに貢献し、」(甲第5号証4欄42行ないし5欄2行)と記載されていることが認められるが、この作用効果は、引例1、2に記載された技術を引例3に記載されたものに適用することにより当業者が予測できるものであって、格別顕著なものということはできない。また、「運転中、点検スイッチをONにして前回の点検箇所を表示させている時に他の保護装置が作動した場合は、新しい点検箇所を表示でき、サービス性の向上がはかれる」(同5欄2行ないし5行)と記載されていることが認められるが、審決が周知技術として挙示した甲第7号証に記載されたものにおいて、冷房機に異常が発生したとき作動する自動復帰形安全装置(たとえば高圧スイッチ8、低圧スイッチ9、過負荷リレー10、凍結防止用サーモスタット11など)のいずれかが作動して圧縮機モータ3への電源供給が遮断された後にその自動復帰形安全装置が自動的に復帰すると、起動用押し釦スイッチ6を押せば、動作確認用の表示器(たとえば表示灯18、19、20、21)によりその自動復帰形安全装置が動作したことを表示しながら再び運転することが可能であり、その際に別の自動復帰形安全装置が作動すれば、それも別の表示器により表示することができるものと認められるから、本願発明の上記作用効果は甲第7号証記載のものも奏するものということができ、格別のものとすることはできない。

(2)  原告は、本願発明の作用効果は、何らかの異常が発生しても、空気調和機自体の運転は継続する機能上の要請があり、冷房・冷凍等の空気調和温度の維持を至上命令とする空気調和機にとって極めて有効なものであり、空気調和機有の特別顕著な作用効果である旨主張するが、本願発明は、故障や異常が発生したときに空气調和機自体の運転を継続させる制御装置に限定されるものではないから、上記主張はその前提において当を得ないものである。

(3)  以上のとおりであって、本願発明の作用効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

5  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例